電子書籍の流れを汲み、着々と市場を拡大している漫画アプリ業界。
2014年にDeNAやcomicoなどの大手IT企業が参入したのを皮切りに、多くの企業がマンガアプリをリリースしています。
月刊少年ガンガンで有名なスクウェア・エニックスと、「花とゆめ」「LaLa」「ヤングアニマル」など多くのコミック誌を発行する白泉社と協業し、「マンガUP!」「マンガPark」等の人気アプリを続々排出しているのがスマホアプリ開発で実績のある「and factory」というベンチャー企業。
いずれも業界で後発ながら、ここまでヒットさせた秘密をand factoryCOOの青木倫治(あおき りんじ)さんにお話を聞いてみました。
「マンガUP!」「マンガPark」のアプリ立ち上げ秘話や、長期的に漫画業界を盛り上げていくこれからの事業構想など、面白い話をたくさん聞かせてもらいました。
マンガUP!とは?
インタビューの内容に入る前にまずは「マンガUP!」がどんなアプリなのかを紹介していきます。
マンガUP!
月刊少年ガンガンの作品が無料で読める漫画アプリ
「マンガUP!」はスクウェア・エニックス(スクエニ)が発刊している月刊少年ガンガンをはじめ、ヤングガンガンやビッグガンガンなどの140近くのマンガ作品を無料で読めるアプリです。マンガを読むのにMP(マンガポイント)が必要で、1話読むのに20MPずつ消費されていきます。朝8時と夜8時の1日計2回、80MPまで回復されるので、実質1日に8話読めることになります。
他にもイベントなどで大量にもらえる「MP+」や、アプリ内課金で購入可能な「コイン」を利用しても読み進められます。一部の作品は「MP+」や「コイン」を利用することで先読みも可能ですが、基本的に作品は、定期的に更新されるのを待たなければなりません。いわゆるF2Pモデル(基本無料で課金要素あり)のマンガアプリです。
実際にどんな作品が読めるの?
どんなにアプリが使いやすくても、マンガアプリの肝は結局「どんな作品が読めるか」。「マンガUP!」はスクエニが発刊しているガンガンの作品を掲載しています。ガンガンと聞いてもピンとこない人いるかもしれません思いますが、有名作品もたくさん。そのうちの幾つかを紹介していきます。
荒川アンダーザブリッジ
「荒川アンダーザブリッジ」は、個性的なキャラが多くコアなファンの多いラブコメディ。アニメ化に留まらず、あの不思議な世界観を実写化してテレビドラマにもなりました。
クズの本懐
「クズの本懐」は、お互い好きな人がいるのに付き合っているカップルの歪んだ恋愛ストーリー。恋愛ものは読まない人にもおすすめ。2017年にTVアニメ化も果たしています。
ひぐらしのなく頃に
「ひぐらしのなく頃に」は、コンピューターゲームから派生し、漫画、小説にもなった人気作品。2016年にはテレビドラマ化も果たしています。
知らない方もいたとは思いますが、全てアニメ化もされており、私も読みましたが名作と呼べる作品たちです。
新アプリ「マンガPark」とは?
実はand factoryは2017年8月2日に新しいマンガアプリ「マンガPark」もリリースしています。
マンガPark
使い方は「マンガUP!」に似ていて、「F2Pモデル」を採用しています。毎日6時と21時に4枚配信される「FREEコイン」を使って読み進められる他、イベントなどでもらえる「ボーナスコイン」、有料の「コイン」も使えます。
漫画以外のコンテンツも楽しめる漫画アプリ
「マンガPark」は「ヤングアニマル」を発刊している「白泉社」との提携で実現しました。「ベルセルク」や「ふたりエッチ」は読んだことがある人も多いでしょう。マンガPark最大の特徴はコンテンツの幅広さ。マンガに限らず、「アイドル動画」や「声優ラジオ」など、白泉社の魅力を最大限詰め込んだアプリとなっています。
漫画以外にも声優ラジオやアイドル漫画も楽しめる
実際にアプリ内でどのようなコンテンツが楽しめるのか、その一部を紹介していきます。
マンガ
最凶ダークファンタジーの呼び声高い「ベルセルク」や、現代の性典「ふたりエッチ」など、白泉社が誇るマンガコンテンツが楽しめます。出版社の方で定期的に特集も組んでいるので、どのマンガを読めばいいか分からないという人も、人気の作品を探しやすくなっています。
声優ラジオ
マンガアプリでは史上初の試みとなる「声優ラジオ」。1本約10分ほどのラジオが配信されています。マンガは電車の中など止まっている時しか楽しめませんが、ラジオであれば移動中でも楽しめるので、娯楽の幅が広がります。マンガだけでなくアニメも好きという人にはぜひおすすめです。ラジオの視聴にはコインが必要です。
アイドル動画
週刊誌と言えばアイドル。「SKE48」や「HKT48」など現役で活躍するアイドルの動画も楽しめます。コインを使わないので、配信されている動画は見放題となります。雑誌では写真しか拝めませんが、動画で楽しめるのはアプリならではの楽しみ方といえます。時には2次元だけでなく3次元の女の子にも癒されましょう。
会社設立当初からあった漫画アプリ参入の構想がマンガUP!で実現
マンガUP!、マンガParkについて分かってもらえた所で、アプリ事業部の責任者and factory㈱COOの青木倫治(あおき りんじ)さんのインタビューの内容に入っていきたいと思います。
Q 漫画アプリを作るというのはいつ頃から考えていたんですか?
マンガアプリを作りたいと思っていたのは実は会社の設立当初からなんです。「and factory」にを立ち上げる前に、某マンガアプリのローンチに参画した経験がありました。
2013年当時、「漫画王国」や「Renta」などの買い切り型の電子漫画ポータルサイトが流行っていたんです。しかし、App Storeにはまだ漫画アプリというものがなかった時代でした。アプリユーザーの特性を考えた時に、それまでの巻売りのサービスは流行らないと思い、担当したサービスは、一日30分まで無料で読めるというモデルにしたんです。それ以上読みたい場合は追加課金という形で。これがヒットし、続々と別の漫画作品のアプリもリリースしました。そんな成功体験があったので、いつか自社で漫画アプリを作ろうと考えていました。そんな時にスクエニさんからコンペの話をいただきました。
Qタイミングとしては後発だと思いますが、勝算はあったんですか?
昨今の出版不況はご存知のとおりで、スクエニの月刊少年ガンガンも発行部数が落ちていました。でも実はガンガンにもヒット作品がいっぱいあるんです。
「鋼の錬金術師」が代表的ですよね。それ以外でも「ソウルイーター」や「クズの本懐」などTVアニメ化されている作品も多くあります。テレビの深夜アニメ枠では、毎クール何かしらの作品がガンガンから組み込まれているように感じました。タイトルごとにみればコアなファンが多いので、これならヒットするマンガアプリを作れると思いましたね。
コンペを勝ち取れた要因は豊富なアプリの開発運営経験
QマンガUP!マンガParkいずれのアプリもコンペで選ばれたとのことですが、他に参加していた企業に比べてand factoryの優位性は何ですか?
会社設立から3年。これまで自社で50タイトル以上のアプリを開発してきました。業界でもかなりの開発スピードだと思います。そのMAUは250万を数えます。またマネタイズに関しても独自の手法を開発・トライし続けていてそのノウハウが蓄積されています。
コンペの際には 開発力とナレッジを活かして、単に開発受託ではなくローンチ後の運用・収益化についてもパートナーシップを築きたい旨をアピールしました。また、具体的な収益試算についても提示させていただきました。
たくさんの競合の中で弊社を選んでいただけたのは、私たちが企画から開発、その後のマネタイズまでを提案していたのが大きな差別化になっていたのだと思います。
Q 漫画アプリの運営経験があるからこその提案だったんですね。開発的な側面での強みもあったのですか?
コンテンツの見せ方についてもコンテンツホルダーである出版社・作者のこだわりと読者の使い勝手の両方を満足させる提案を行いました。
例えば配信ボリューム。スクエニの「ガンガン」は月刊誌なので、1話のボリュームが週刊誌に比べて大きいんです。週刊誌の1話が20ページくらいなのですが、月刊誌の場合は40~50ページほどになります。
しかしマンガアプリユーザーの1回当たりの起動時間は5分ほど。40~50ページのマンガは5分では読み切れない人も多い。ですので1話をアプリ内では2つか3つに分割するようにコンペの時から提案していたんです。出版社としては1話として作っている作品を途中で区切るのは受け入づらいものがあったと思いますが、アプリユーザーの特性に合わせた思い切りが大事なので、最終的には、ページ数に合わせて話を分割する方向で調整いただきました。
さらに、サーバーにもこだわりました。サーバー開発だけではなく動画や画像の処理技術にも長けている会社に開発パートナーになってもらったことで、マンガアプリにとって大切な「ビューワー」と「処理速度」という大きな強みを得ました。
テキストの電子書籍ではそれまであまり問題にならなかったビューワーの解像度も、マンガアプリではすごく大事になってくるんです。特に女性向けの漫画の多くはタッチが細くて、解像度が低いとデバイスで見た時に見た目が崩れてしまう。逆に解像度を上げてしまうとデータが重くなってしまい、処理速度に時間がかかってサクサク読めないという課題も出てきます。Link-Uにパートナーになってもらうことで、この課題を解決することができました。出版社や作家さんたちにとって作品本来の美しさや表現力を再現できることはとても大切なポイントですよね。
レンタルモデルを導入したことで業界最安値を実現し、業績も好調
Q 後発組として市場をしっかり分析して市場に参入したと思うのですが、競合アプリとの差別化はどんなことを意識していましたか?
先ほど言った「高画質でサクサク読める」という点にこだわりましたが、他にも「業界最安値」を狙いました。そのためにレンタルモデルを導入しました。通常、一度読んだり購入したコンテンツは本棚のようなところに並べられていつでも読めるようになるんです。しかし、マンガUP!、マンガParkともに一度読んだ作品でも、再度読むにはポイントを消費するようになっています。その分一話当たりの値段を抑えています。
アプリのユーザー特性を考えた時に、高価格で何度も読みかえせるよりも、安く借りれてどんどん読み進められるレンタルモデルの方が合っていると思ったんです。いわゆる、「マンガ喫茶」のように、気軽に且つ安価でたくさんのマンガが読める場所を想像していただくと分かりやすいと思います。実際に、レンタルモデルの方が収益率が高いというデータもありましたし、一般的な「巻売り」の電子書店よりも「レンタルモデル」の方が、勝機はあると考えていました。
Qぶっちゃけ業績は順調なんですか?また普段の運用ではどんな数字を追っているんですか?
順調にいっています。マンガUP!はあらかじめ作成していた収支計画を上回るペースで成長していますし、マンガParkは先日App Storeの無料アプリランキング1位を獲得しました。
分析している数字は正直いってかなり多いです。これまで自社でリリースしてきたアプリの運用経験で培ってきたノウハウが強みになっています。広告の出し方についても、すべての広告の収益率を管理画面でチェックしながら運用しているので単価を高いままで維持できています。
他にも月のユーザー数についても新規DLと継続ユーザーに分けて追っているのはもちろん、新規のDLも広告から流れてきたのか、自然流入でDLしてもらったのかを分けてみていますね。どこかの数字を重点的に追っているというよりも、細かい数字を細かくチェックしながら全体の数字を上げているという感じです。
出版社と二人三脚で歩むことで長期的に業界を盛り上げていきたい
Q 今後、and factoryの漫画アプリ事業の戦略や将来像はどのように考えていますか?
マンガアプリは他のコンテンツに比べて、アプリの継続率が高いという特徴があります。継続率が高いということはつまり月ごとのユーザーが増えやすいということになります。マンガアプリとしてのそのような背景を踏まえつつ、漫画アプリの新しい触れ合い方を模索していきたいと思っています。
「マンガPark」は、そのモデルに近いものですね。白泉社さんも後発だということを理解してくださっているので、他社にない取り組みをしようという意気込みがあります。漫画だけではなく声優ラジオやアイドル動画も盛り込んでいるのは新しいですね。
Q 「マンガUP!」と「マンガPark」同じ領域で協業先の違う2つのアプリをリリースすることの苦労もあると思いますが。
単純にリソースが倍かかるのは大変ですね。どちらも私が担当役員として入っていますが、メインのプロデューサーは別々にいますし、開発チームも別に組んでいます。大変な面もありますが、まだまだ新しいマンガアプリを新規で開発していきたいと思っています。
今は大手の出版社も電子書籍化の波に頭を悩ませている時代です。電子書籍の取次会社を介せば、さまざまな電子書籍ショップやマンガアプリに作品を出品できるので、業績だけを見れば好調なようですが、それではこれまで築いてきたコミック誌自体のブランド力や世界観が価値のないものになってしまいますよね。
マンガ家の方の才能はもちろん大切ですが、編集部のポリシーや編集さんの手腕があって名作が産まれていると思います。今のようなコンテンツだけを電子書店サイトやアプリで切り売りするやり方では、そういった名作が産まれる土壌自体が失われてしまう恐れもあると考えています。
私たちは出版社と直接パートナーシップを組むことで、出版社の抱える課題を一緒に解決しつつ、今の時代にあった名作が産まれる土壌や文化を作って、業界を盛り上げていきたいと思っています。
and factoryの素敵なオフィス
インタビューが終わった後、and factoryさんのオフィスを見学させてもらいました。実はand factoryさんは「&AND HOSTEL」というIoTホステル事業も行っているだけあって、内装にはかなりこだわっています。各会議室は部屋ごとに都市名がついておりそれぞれの雰囲気を表現しています。
オフィス内には地図があり、googleカレンダーと連動して予約されている会議室が該当する都市の電球が光ります。
こちらは一人で集中して仕事をしたい時の「コンセントレーションルーム」。
IoTデバイスにより人を感知して、利用している部屋は部屋の外の電球が点いて分かります。
このように社内でもIoTデバイスの恩恵を受けられる作りになっています。ちなみに今年オープンした「&AND HOSTEL」にも取材させてもらったので、興味のある方はこちらの記事もどうぞ。
【まとめ】電子化が進む時代で、出版社の救世主になれるのか
今回お話を聞いていて一番感じたのは、漫画が電子化されていく時代の出版社たちのプライドや歯がゆさ。これまで紙によって作られてきた漫画は、紙で読まれることを想定して作られており、紙で読まれた時に最も面白くなるように作られています。
アプリのユーザーとして漫画を読んでいる時は、そんなことを微塵にも考えず、無料で漫画が読めていい時代になったくらいにしか思っていませんでした。しかし、その裏側にはアプリでも漫画が色あせないための工夫や、本当は紙で読んで欲しい出版社や作家の妥協が込められていのだと感じました。
今、出版社たちは苦しい時代を迎えています。無料で漫画が読める時代に、それでもお金を出して読まれる作品を作っていかなければなりません。電子化が進んでいるからといって、ただ漫画をアプリで読まれるようにするだけでは読まれません。
そんな出版社の悩みや苦しみを受け入れてand factoryは漫画アプリを開発しています。作家や編集の人たちが最も望む形で、作品が読者の手に届くかはand factoryにかかっているといっても過言ではないでしょう。今後、漫画という文化を盛り上がっていくためには、出版社のパートナーとして歩むand factoryのような企業が重要になってくるかもしれません。